クソして三年寝るブログ

関東零細企業の牧場にいるSES奴隷のSEです

止めることを選ぶことが何より一番つらい

お話ラインナップ

1.精神疾患の減薬がいい感じに成功しており、やったぜ、という話
2.原因を振り返る
3."継続していることを止めること"について
4."やめること"の選択基準について


1.精神疾患の減薬がいい感じに成功していますという話

 わたしは発達障害(ADHD)とうつ、統合失調症、解離性健忘、このあたりの精神疾患と脳の障害を抱えております。発達障害は脳の問題なので、一般的に言われる定型発達の状態になることは一生ないのだろうなとは思いますが、他の精神疾患に関しては医者の指導のもとで投薬治療を行い、状態が安定してきたことから減薬するというお話になり、ようやく精神疾患の薬が終わりというところまで来ました。病気の程度はどうあれ、これも良いお医者さんに巡り合えたことと、指導を守って継続することができたからだと思っています。
#再発の可能性があるので安心するには早く、医者の指示を聞きながら最後までやっていこうと思います。
 精神科に通い10年近く、年数だけを見れば長かったな。

2.原因を振り返る

・職場で延々とののしられ続けたりするなどを経た結果日頃からののしられ続ける幻聴が聞こえるようになったこと(これは外的な要因)
発達障害からくる抜け漏れと仕事上の相性の悪さ、そしてそれがなぜ発生しているのかが発達障害の検査結果が出るまで分からなかったこと(これはわたしの性質の問題と、仕事の向き不向きの相性の問題)
・苦手なことであっても無理にできるようにならないといけないと思ってそればかりをやっていたことで疲弊してしまった(これは内面的な問題)

上記3項の中でも一番自分を疲弊させたのは苦手なことを無理やり続けていたことで、苦手なことをやっていた、ということとそれをすることを止めることができなかったこと、という二つの要素が重なって不幸な形になっていて、特に自分の中で一番"つらい"と思ったのは"やめることができなかったこと"だと思っています。
(会社の人は苦手なことはだれかに代わってもらっても良いのだという話をしてくれたのですが、わたしがやめる選択ができずにいたということです)
 自分でこれを頑張ったからなんとかいい方向に向かった要因としては医者の言うことを聞いて医者の言う通りにしていたということだけです。
 あとは自分自身との折り合いをどうつけるかを考えたこと。自分との折り合いをどうつけるか、というのは自分の中では数ある選択肢のすべてを選び取りたいという願望(苦手なものであっても頑張って何とかしたい、自分でできるようになりたい/ならなければならないという考え方)を捨てて、自分の中で拾える選択肢だけを選択する、方向に考え方を変えることであり、これが後述の「止めることを選択する」の話になります。

3."継続していることを止めること"について

 何かをやっている、一つのことを頑張り続けて何年も経ってしまって、いざそれを止めるかどうかを考えたときに自分は継続してきた過去のことをよく考えます。三年続けたんだからもう少ししたら結果が出るだろうという話です。長い年月をかければかけるほど、それを止める選択をすることが難しくなります。
 似たような話で、1000円突っ込んで回したガチャで好きなものが出ないときに回す/回さないを選択することと、10万突っ込んだ状態でガチャで好きなものができないときに回す/回さないの選択をすることは後者の方が回さない選択をすることが難しくなってくると思います(この選択をする場合、もう回すためのお金がないという理由があればやめることができるかと思いますが、お金がある場合は多分回すんじゃないかな)。
 何らかのことを自分の意志でやめることを選ぶということはとてつもないストレスだと思います。やめるという一つの行為をするたびに、今まで継続してきた自分自身の経験が、やめることを選ぼうとする自分を攻撃するからです。正直かなりつらい。継続したところで良い結果が出なさそうだと思っていても、やめる選択ができないから続けてゆくしかないので、ダメだと思いつつもやめることができない。そしてそれがまたストレスとなっていくループ。
 結局、自分の中で何かしらの選択をするうえでこうしたらやめる、という基準を設けなければ多分、やめる選択を何かしらの理由をつけて避け続けてやめることを選択するということをしないまま変わらないのではないかと思いました。これが一番厄介で、今まで折り合いをつけたことがないのだから当然、折り合いのつけ方がわからないからどうしてよいかわからず当然ドツボにはまりました。

 
4,"やめること"の選択基準について

 折り合いのつけ方がわからないことをわたしは上司に打ち明けました。当時、精神障害発達障害諸々の相談に乗ってくださったとてもよい人です。結局、自分のストレス原因が分かったところで、それを改善するための方法が何も無く困っているという話をしました。その時に言われたのが「過去の経過は無いとしてそれを今から始めるとしたらやるか」という話でした(元々は株の売買の話で、少し前高かったけど今は少し落ちているものを持ち続けるか、手放すかを決めるときの考え方の話だったと思います)。わたしに置き換えて、「脳みその作りの問題で他人に助けを求めなければやっていけないようなことをそれでも一人でやるために試行錯誤するのか」という話になりました。わたしが自分に向いていないと思いながらもやってきた時間には、発達障害の診断が下りるまでの、なんかちょっとおかしいぞと思いながらもやり続けていた時間があります。しかし、診断が下りた今、どうやっても人に助けを求めなければできないということが明らかになってしまった状態で、それをやるかと言われたら、それは否です。その旨をお話したときに、上司は「それは今すぐにでもやめるべきこと」であると言い、「今までの蓄積の時間だけでこれから発生する時間の無駄を抑えられたことに関して自分を褒めるべき」とも言っておりました。「ここまで努力したのに」もわからなくはないが、結果は出ていないし望んだ結果が無しえないのであれば残念ながらそれは「ただ頑張っただけ」のことで努力とは違うものだという話もしており、結構傷ついた記憶があります。
 ただ、無意味な時間であるという認識は確かにそうであるが、その時間だけで抑えられたことを良しとする方向に考えを変えていかなければ、今度は別の方向で沈んでしまうので、意識の持ち方について意識的に考えを変えていかねばならず、今までで何よりも苦しいこと(それは今までの人生においてそういう考えで生きてきたことをすべて変えなければならないので、当然苦しいという意味)で、すぐに結果が出ることではないからその面でも苦しいのであなたの人生においては今までで一番つらいことになるかもしれないが、少しずつやっていこうというお話になりました。結果的に、その話をしてから4年近く経って、現状があることを考えれば少しずつでも良い方向に向かっているのではないかなと思います。

おしまい。